現在でも共産党・解放同盟両者の関係は極めて険悪である。共産党は、「部落解放同盟」の呼称の使用を極力避け、「解同」と必ず鉤括弧書きで表記する(なお、解放同盟側は「解放同盟」「同盟」の略称を用いる)。1990年代初頭までは「朝田・松井派」と、解放同盟側を分派として糾弾する姿勢をとっていた。すなわち、「解放同盟を自称しているが、実態は利権あさりの集団に過ぎない」という党見解を反映したものである[18]。また、共産党は「志賀義雄一派と結びついた反共勢力が指導部を占拠(「解同」朝田派)し、「部落民以外はすべて差別者」とする部落排外主義を振りかざして、反対勢力を組織から排除しました。」[19]という認識を示している。裏返せば、共産党内の親ソ派を排除した抗争が、解放同盟に飛び火したと認識していることになる。
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現在一部の自治体では、地域の街づくり会議などで、互いの陣営が同席することも見られるようになった。これらは、地域の過疎化や世代交代によって、それぞれの勢力が減少傾向にあることや、部落差別の早期解消に向けて、一致点での共同を進めようとする努力の結果だともいえる。しかし、政治戦においては、支持政党の違いによる軋轢は今なお強く残っている。特定の選挙で野党共闘が成立した場合、結果的に同一の候補を支援することがあっても、一定の距離を保ちつつ、互いに独自の支援活動をすることが多いのが現状である。
1991年8月のクーデター後に発表されたソ連共産党の解散に際しては、ソ連共産党の解散を「もろ手を上げて歓迎する」という宮本顕治の発言が発表された(8月31日付毎日新聞によるインタビューでの発言)。